節考
札幌のBean to Barチョコレート屋のSOILのチョコ、おいしかった。
先週は札幌PEAU DE L’OURSでの受注会のために3泊の出張と休暇で、その道中ずっと『キルケーの魔女』『閃光のハサウェイ』『逆襲のシャア』を観ていた。
ガンダムシリーズは通ってきてなかったが、(『水星の魔女』の序盤の和気藹々とした学園生活だけ楽しんで離脱した) 『ハサウェイ』はProduction I.Gの映像と劇伴が好きなのと人間ドラマが面白いっぽくて好きだった(話の内容はわかっていなかった)ので、キルケーも見なければと思っていたところ。が、3年くらい前にハサウェイを観てから続編はそろそろなのかと身構えている時には来ないもので、気づいたらキルケーも公開されて終了していたという。結果、今ごろ観ては映画館で観なかったことを後悔し、そもそもハサウェイを観たのに逆シャアを観ないままにしていたのも謎だ。
で、札幌道中でキルケー→意味不明で解説を読む→逆シャア→ハサウェイ→キルケー→解説→キルケー→逆シャア→ハサウェイ→キルケー
というハマり方をしたわけです。
ハサウェイとキルケーはガンダム(モビルスーツ)のバトルシーンが少ない(暗くて見えない)ので、初心者にとっては観やすいし、今はまだメカとしてのガンダムは好きになっていない。これからゆっくりとシリーズを遡ってハマっていくことだろう。
作品の本当の魅力がガンダムではなく、『論理的に繋がっていない会話』なのが驚きだった。不可思議な魅力として掴まれる、作者の富野節と呼ばれる独特な台詞回し。これがガンダムシリーズの真の魅力なのだと認識を改めた。
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さて昨日、『パプリカ』(今敏監督)のリマスター上映を観てきた。
大学生当時に感じた面白いなぁという感想にも増して今は「好きなことやり切ってて良いなぁ」という気持ちに。エンドロールでは多幸感に包まれていた。それはハサウェイ/キルケー=富野節でも感じたことで、そうそう『ルーシー・リー展』でも感じました。
ルーシーリーが頑固オヤジ状態のバーナード・リーチからケチつけられて自分らしい造形を失う時期の話(自分の中ではそう脚色されていた)は嫌な話すぎたし、逆にハンスコパーのエネルギーに支えられて自分らしさを取り戻す流れと、ハンスコパーが明らかに好きなことをやっている様には感じ入るものがある。
いわば富野節ならぬ今敏節、ルーシーリー節、ハンスコパー節だ。
・好きなことを好きなようにやること
・あるいはそのために好きでない「らへん」のことも歯を食いしばって頑張ること(自分の意志で)
を目の当たりにすると多幸感に満たされる。
大人になるにつれて、「上手くできていること」と「好きなことをやっていること」は分けて入ってくるようになった。そしてその二つが高次元に掛け合わされていると「感動」と「羨ましさ」が生まれる。そして多くの場合、本人は「上手くできている」とは思っていない。まだまだできていないと思っているから続けている。
札幌の取扱店PEAU DE L’OURSの宍戸さんもそんな調子で宍戸節のある人だ。30年来のキャリアで「セレクトショップ(をやること)は面白いですか?」と不躾な質問をしたところ、「出来てないことが多すぎて全然飽きてない」とのこと。「チャレンジしたいことが多すぎて全然出来てない」というパワフルな意味ではなく、とにかくマイペースに続けてきたというニュアンスで、それもまたいいなと思った。個人商店に来るお客さんはその様に触れたくて買い物に来るのだから。と翌朝のサウナで思い返していた。そしてそれは、多くの取引先がそうだ。
自分でモノ作りを始めてから、こういったことに悩むことも多かった。好きなこととビジネスは相反するのではと感じることもあるから。今となっては、十分な規模がないと好きなことはできないという理解と、その周辺を好きになる好奇心があればいいという納得がある。そもそも、まだまだやりたいのにできていないことしかない。
モノについては毎シーズン好きなものを好きなように色々作っているが、26AWは一層好きなように作ろうということで26AWルックでも好きなようにやってみたくなった。
学生時代、古着が好きで大阪まで足を伸ばして通っていたのはfethers goffaやBorn in NYやChaozなどの“節”の強いお店だった。その当時の関西はまだEUモノが少なくてレギュラーユーズドは格安状態のアメカジ古着主流だった。たまに東京に遊びに行って見るEUモノの値段にはおったまげた。
当時はTUNE関係のスナップ系の雑誌も面白くて大きな影響を受けた。カジカジで見る大阪ストリートは大阪の民族衣装写真集と呼ぶに近かった。京都の学生からすればミナミ界隈のそれはだいぶドぎつく感じていたが、裏原も原宿も通ってない世代で、もしかしたら独特だと感じていたその当時の大阪ストリートが原宿の二番煎じに位置付けられていたのかもしれないが、どうなっだんだろう。両方のシーンをしっかり見ていた人に聞いてみたい。兎に角それはそれで面白かったし、あえて言うならその当時の古着にはもう少し意味と役割があったと思う。というか、価値付けの余地があったんだろうな。
話を戻して、26AWはそんなルーツの話をスタイリストの村田くんとフォトグラファーのイムくんに話して、結果色々混ざってあのルックになっている。企画当初、イムくんからは誰に届けたいかというターゲットを聞かれたが、今回は明確にターゲットを定めてなかったから、関係者の誰にも望まれないものになったと思う。とにかく自由に着こなしてほしいというのが唯一のテーマだろうか。
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ポスプロ節は醸成されてきているだろうか。